試合に出た時の思い出話

お題「試合に出た時の思い出話」

 

 

話が書けそうなお題がこれだったので、少年野球をやってた時の事を少し・・・

私の少年時代は、スポーツといえば「野球」だった。

もちろん、野球以外にも剣道をやってる級友もいたし、サッカーをやってる級友もいた。

が、それらは少数派で、野球をやってる人が多かった時代だった。

この頃はなんといっても長嶋、王に憧れ野球を始めた。

小学1年からの友達が少年野球チームに入り毎週練習やってるから見に来いって誘われ見に行き、隣に住む幼馴染と共に入らせてもらったのが小学4年生。

身体は小さくガリガリだったが、とにかく練習には参加した。

5年になってBチームで試合に出してもらえるようになり、

6年でAチームのレギュラー。

しかし、実力でレギュラーになったのではなく、他にメンバーがいないので仕方なく

レギュラーになれたというのが正解だった。

いつも8番ライトかレフトというのがお決まりのポジション。

ヒットを打ったという記憶がほとんどなく、打った時の感触は今でも忘れないぐらい気持ちよかった。

でも、良い思い出というのはあまりなく、苦い思い出の方が多い。

自分のエラーで逆転負けとか、最後逆転のチャンスで自分が三振してゲームセットとか・・・

エラーをして(懲罰)交代させられた時、ベンチに帰ったら

「交代させられてニコニコするな!」

とゲンコツをくらった事もある。

ニコニコした覚えはなかったのだが、プレーに自信がなく交代してほしいと思っていた事は事実で、チームメイトに聞くと本当にニコニコしてたらしい・・・

一番辛かったのは、少年野球最後の大会で、なんでもない平凡なフライをバンザイ(前進しすぎて後方に落とした)して、逆転負けした事だ。

少年野球最後の大会で自分のエラーで負けたのは本当に辛かった。

一緒に頑張ってきたチームメイトに申し訳ない気持ちはもちろんだが、凡ミスをした

自分が情けなくて、穴があったら入りたいと真剣に思った。

学校に行くとチームメイトに恨み言を言われ、しばらくは肩身の狭い思いで過ごした。

中学に上がる時、チームメイトに

「中学でも一緒にやろう」

と誘われたが、断った。

草野球として気楽にやるのならいいが、勝利目指して真剣にやるのはもうごめんだ。