明治維新はなぜ明治革命と言わないのか?

歴史を勉強し始めた頃、ふと感じた事の一つに、
明治維新は革命ではないのか?
という疑問がある。
「革命」という言葉の意味を深く知らない時の疑問である。
そういえば、日本の歴史の中で「革命」が起きた事がない。
と不思議に思った。
古代、大化の改新、という大事件があったが、「大化の革命」とは言わない。
そもそも、革命とはどういう事件を指すのか?
政治体制の転覆を計り、根本的な社会改革、という事になっている。
しかし、これは明治維新後、自由民権運動の中で「REVOLUTION」という言葉を訳す時に生まれた使い方で、日本(漢字の本場、中国)本来の使われ方ではない。
中国では王朝の交代を「易姓革命」と言い、徳がない王朝は徳のある者にとって代わられる運命にあると言われている。
日本の場合、古代からずっと天皇が日本のトップとして君臨してきた歴史があり、そういう意味では革命が起きたという事実はない。
明治維新は、武士が政治をおこなってきたのを辞め、天皇中心の政治体制に戻すという事だから、革命ではなく「維新」という言葉を使ったのだろうと理解できる。
昭和初期、226事件を起こした陸軍青年将校たちは、自分たちの起こした事件を「昭和維新」と呼んだらしいが、昭和天皇の逆鱗に触れ、簡単に制圧されている。
戦後になって、昭和35年、右翼活動家、山口二矢社会党委員長だった浅沼稲次郎を刺殺するという事件があった。
山口二矢は当時17歳。
革命を夢見て、一人で決行したという。
革命なんて一人や二人で出来るような簡単なものではないというのはすぐにわかるだろうに、しかも社会党委員長一人を殺して社会が変わるはずもないのに…
少し冷静に考えたらわかりそうな事でも、猪突猛進しなければいけなかった精神状態が理解出来ない。
明治維新が沢山の犠牲者の血と涙の上に成り立ったという事実。
海外の革命を調べてみても、明治維新の数倍、数十倍の犠牲者を出して、漸く革命を成し遂げられている。
そういう覚悟がなければ社会を変えられないのだ。
「維新」「革命」という言葉の話題から、「革命」という本題に変わってしまったが…
気に入らない者は抹殺するという危険な社会になってきたなぁと危機感で一杯な気持ちを書きたかったのです。